「さらば、わが愛 覇王別姫」

 1920年代から日中戦争を経て文化大革命後に至るまで、中国の伝統芸能・京劇の担い手が徐々に社会の激動に巻き込まれていく姿を描く。

 まず冒頭から映像の美しさが際立っている。アリーナにスポットライトが当たるさま、京劇の舞台や衣裳、化粧はもちろん、金魚鉢とか、炎の向こうに映る顔とか、ひとつひとつのシーンだけで作品が成立しそうなくらい美しい。

 ストーリーも、そのまま歌劇か何かになりそうなほどドラマティック。特に盧溝橋事件の前夜などは、レ・ミゼラブルにも通じるようなダイナミックな展開にのめり込んだ。

 変動する社会情勢に引きずられるように、3人の関係性や、それぞれが抱く京劇への姿勢が徐々に変化していくのも見ごたえがあった。「さらば、わが愛」は邦題だけど、ありふれた言葉ながらこの物語の本質をうまく突いている。その主体が必ずしも蝶衣だけを指すのではないことは、はっきりと分かる。

 最終盤、共産党員から自己批判を迫られた末の展開と役者の演技を観て、「こういう映画は日本では作られないよなあ」とついため息が出た。「ラストエンペラー」といい、中国では日中戦争を単純な反戦のメッセージとせず、その後の中国が怒涛のごとく変化し市民から皇帝までひとり残らず丸裸にしてしまう過程をしっかりと描く映画がたまに生まれ、それがものすごくいい作品になることがある。

 素晴らしい大河ドラマだった。気軽な気持ちでは「また観よう」とは思えないけど、文句なしに素晴らしいといえる映画の1本だと思った。

さらば、わが愛 覇王別姫 [DVD]

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