「時代」について

 改元に伴って、至る所で「平成時代」「令和時代」という表現を目にするが、どうもしっくりこない。「時代」ってそういうもんだっけ、と思ってしまう。

 日本史における「〇〇時代」は、奈良時代から近代に入るまで、基本的に統治機構や首都の入れ替わりによって区切られていたものだと思う。あるいはこの区分に古墳時代まで含める考え方もあるかもしれない。文字文化のない縄文と弥生については文明の変化で区分されていると認識している。

 それが明治以降、天皇の死という、ある意味で個人の身に起こる出来事によって「時代」を区切る考え方が定着しつつあるようだ。そうなると、明治以降の時代区分に歴史的な意味はほとんど見いだせなくなる。

 江戸から明治にかけてはたしかに統治機構の大きな改編があった。主権が武士から天皇へと移行した。したがってそこを一つの時代の区切りとすることに異論はない。首都も江戸から東京になったし。

 でも、その次にやってくる時代の区切りとは、明治天皇崩御ではなく、終戦ではないだろうか。あるいは日本国憲法の施行。天皇が現人神から国民の象徴となり、主権は国民に移るという、統治機構の大きな改編がここでも起こっている。むしろこれを時代の区切りとしない理由が見つからない。

 だから、ささやかな抵抗として個人的に「期」を使うようにしている。「明治期」「大正期」「昭和期」「平成期」。これらを「時代」と呼んでしまうことに対して、同じように違和感を覚えている人がいたらお薦めしたい。

 

 ちなみに蛇足だが、奈良時代って学生の頃は地味な印象しか抱いていなかったけど、よく考えたらわずか80年余りの間に首都が3度も移っているなんてものすごい激動の時代だ。昭和とか平成の比じゃなかったんじゃないか。

 現代の首都も早くどこかへ移ればいいのに、と思う。

「戦場のピアニスト」

 あまりにメジャーな映画だからいつでも観られると思って、長らく観てこなかった。カンヌのパルムドールをはじめ数々の賞を獲っただけあって、いい作品だった。ただ、戦争映画でホロコーストを扱っていればこういう作品になるだろう、という想像の範囲を超えるほどではなかったかな。

 それでも秘密裏に武器を集めたり、ゲットーを出て誰にも見つからないよう生活したりといった場面の緊張感はなかなかのものだった。

 ロマン・ポランスキーの映画は初めて観たように思う。

 主演のエイドリアン・ブロディの痛ましい姿は説得力があった。それから、実際にピアノは結構弾ける俳優なのだろうか。手元だけを映したシーンも多かったが、少なくともいくつかのシーンでは自分で実際に弾いていたようだ。あるいはあれも合成技術の賜物なのだろうか。

 それにしても、ポーランドがドイツに侵攻されてずいぶん苦しめられたことは知っていたが、よく考えたらポーランドユダヤ人の関わりについてあまり知らない。ポーランドユダヤ人が多い国だったのか。だとすればそれはいつからで、どんな背景からなのか。その辺を知りたくなった。

 ついでに「シンドラーのリスト」も観てみたくなった。

戦場のピアニスト [DVD]

戦場のピアニスト [DVD]

 
ポーランドのユダヤ人―歴史・文化・ホロコースト

ポーランドのユダヤ人―歴史・文化・ホロコースト

 

 

「弓」

 好みのキム・ギドク監督による作品ということと、レンタル店で読んだあらすじが面白そうだったことから、以前から気になっていた。

 いい雰囲気の映画だと思いながら観た。キム・ギドク監督にしては比較的暴力性は抑え目だし、穏やかな音楽も非常に良い。

 ただ、最終盤で思わず笑ってしまった。「頭がおかしい」と思ったが、ひとしきり笑って考え直してみると、あの老人と少女が暮らした船は霊的世界だったのだと思えてくる。2人の本職も占い師の方なのではと考えると納得できる部分もある。

 弓は武器であり、楽器であり、占いの道具、すなわち神器である。

 メタファーを考えると、弓が女性で、矢が男性である。老人が弓を美しく奏でるのは少女を愛でることと重なり、少女が矢を折ることは老人への不満、怒り、そして老人からの自立を意味する。天に放った矢は長い時間をかけ、男性器のメタファーに変貌して戻ってくる。

 少女を演じていたのは、同じキム・ギドク監督の「サマリア」にも出演していたハン・ヨルムだった。妖艶さを備えた少女としてどちらも適役だし、どちらもいい作品だった。たいへん魅力的な女優だが、最近の出演作はあるのだろうか。 

サマリア [DVD]

サマリア [DVD]

 
弓 [DVD]

弓 [DVD]

 

 

「パーフェクト・レボリューション」

 以前何かの拍子にこの映画を知って、面白そうだと思ったのに、レンタル店には1枚しか置いてなくて意外だった。

 面白かった。爽快で、満足いく映画だった。
 ラストシーンはたしかに荒唐無稽だし、周りの人たちが突然協力姿勢になったのもよく分からないし、現実を考えればその後すぐに捕まるんだろうけど、それでも、2人の革命を信じるというのは、そういう一切を飛び越えることなのだろう。
 他のサイトのレビューで「障害者の性がテーマ」とか言われていたが、少なくとも障害者の性は要素の一つに過ぎない。クマが障害者の性について講演をしていたことや、ミツが風俗嬢であることなど、性を匂わせるワードはたしかに出てくるが、それらの要素をすべて取り払ったとしてもこの映画は成立する。
 むしろ「障害者の性」とくくってしまうことで、彼らの恋愛を矮小化して観てしまうことになるし、むしろこの作品は恋愛映画というより、無謀な挑戦に懸ける決意をして踏み出すという意味で、青春映画だろう。
 エンディングの曲も若々しくて爽快だった。映画の雰囲気とよく合っていた。

 車いすで踊るシーンは美しかった。最後に踊る場面で流れていた曲が何だったか思い出せない。

 主演女優が「半分、青い。」の裕子だと気づいたのは観始めてから。ああいうパンクな役もなかなか似合っていた。

 

パーフェクト・レボリューション [DVD]

パーフェクト・レボリューション [DVD]

 

「アデル、ブルーは熱い色」

 アデルを演じたアデル・エグザルホプロスの、子どもみたいな泣き方が良かった。ああいう、しゃくり上げるような泣き方をする女優は珍しいと思う。
 顔だちも童顔だけど、あの泣き方が一層、幼さや、エマをはじめとする他人への依存性を強く感じさせる。

 「ブルーは熱い色」というタイトルの通り、青色を身に纏っている方が2人の関係を主導していく構図なのは分かりやすかった。
 そのほか、関係性の構築に向かうエネルギーみたいなのは、食べるシーンにも映し出されている気がした。序盤はムシャムシャと頬張るシーンが印象的だったアデルが、終盤に近付くにつれて食べなくなっていくように感じた。

 この監督の癖なのか分からないけど、人物を撮るときのカメラとの距離感がほぼ一定だったように思う。

 

「うなぎ」

 以前から日本人監督によるカンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作として気になってはいたが、「万引き家族」が同賞を獲ってからはより観たい気持ちが強くなった。

 他人に心を開かない役所広司を水槽の中のうなぎと重ねて描いている。

 船大工を演じた佐藤允の演技は好きだった。声も昔の俳優っぽい頑強な感じが良かった。

 川原のUFOを呼ぶ装置を点灯させて歌い踊るシーンは、「ヒミズ」に通じるものを感じた。園子温監督が意図して作った舞台だろう。
 清水美沙がフラメンコを踊っていたのは、自らの母に似た部分を受け入れたということなのだろうけど、そこに至った理由はあいまいだった。子を宿し愛する人も見つけたことで母を受け入れたという理解でいいのだろうか。

 あと、手紙は実在したのかどうかを主人公が自らに問いかけるシーンがあったけど、仮に手紙が幻想だったとしても妻の浮気現場自体は直接目撃しているわけだから、そこを問う意味はあまりない気がする。
 むしろ目撃した浮気現場自体を問うのであればまだ理解できる。

 いずれにせよ、昔のカンヌのパルム・ドールってこんな感じなのかと、ちょっと拍子抜けした映画だった。
 比喩も直接的だし社会性もさほど高くない。
 仮に社会的な側面を挙げるとするならば主人公が出所者という点だろうけど、むしろ主人公は人懐っこい周囲によってあっという間に受け入れられた気がする。
 そういう意味では柄本明が嫉妬する気持ちも分からなくはないが、現代であればきっと、柄本明の視点で映画を撮ったんじゃないだろうか。

 

うなぎ 完全版 [DVD]

うなぎ 完全版 [DVD]

 

「ルート・アイリッシュ」

 ケン・ローチ監督の戦争映画とはどんなものかと以前から興味を持っていたが、戦争映画というより物語の軸はサスペンスだし、舞台も戦場ではない。
 あのジャケットからは想像できない構成だったけれど、面白い映画だった。
 真相に近づくにつれて言葉を失っていった。

 登場する企業はイラクで何を事業としているのだろう。

 あと、「マッド・マックス」というのは実在の人物なのかという驚きもあった。今まで全く興味が湧かなかったが、「マッド・マックス 怒りのデスロード」もいつか観てみようかと思った。
 …が、「マッド・マックス 怒りのデスロード」はSFアクションで、この映画に出てくる「マッド・マックス」を描いた作品ではなさそうなので、あっという間に興味が失せた。

 

ルート・アイリッシュ [DVD]

ルート・アイリッシュ [DVD]