「薔薇の名前」

 中世の修道院を舞台にした原作小説の映画ということで、ずっと前から気になっていた。ただ題材は連続殺人事件の謎を解くサスペンスで、それほど興味を引かれていなかった。

 結果として、なかなか面白い映画だった。何よりも舞台美術が素晴らしい。実際の修道院も使っているそうだが、圧巻だったのは迷路のような図書館と、火事のシーンだった。あの迫力や没入感、そして喪失感は、この立派な舞台装置あってのものだったと思う。

 犯人が誰かという観点のみでいけばありがちな展開だったけれど、そこに、知の集積地という修道院の特性や、各宗派の対立構造、聖と俗の対立軸、個性が強い登場人物などが絡んでいたことで、なかなか見ごたえのある作品になったのだと思う。

 ただところどころ、映画で描かれている内容だけからでは不可解だったり不明瞭な点もあった。古本屋で小説だか関連書籍だかを買っていたと思うので、読んでみようかとも思った。

薔薇の名前 特別版 [DVD]

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「フランドル」

 とにかく最初から最後まで虚しさに覆われたような映画だった。生も死も、セックスもレイプも、殺すことも殺されることも虚しい。抑揚なく、ただ淡々としている。

 どの戦争に向けての招集なのかが分からなかった。製作された頃にフランスが参加した戦争は何だろう。イラク戦争かと思ったけど、フランスは反対を貫いていた。オランダは参加していたので、同じフランドル地方でもオランダが舞台なんだろうか。

 これまで観た戦争映画では「ノー・マンズ・ランド」が観た後の虚しさでいえば一番だったけど、この「フランドル」はまた違った虚しさだ。前者はまだ皮肉が利いていて、映画の狙いがよく見える。ラストシーンの虚無感や無力感は半端ではないが、まだ人の温度を感じる。

 一方のこの映画は、最初の農村の様子から寒々しく、陰鬱で、少女に告げない主人公の想いさえも熱を感じない。戦場は暑そうだが、相手が具体的に誰なのかも分からないため戦争の目的も、主人公たちが属する部隊のターゲットも不明で、やはりどこか冷めて観てしまうし、そういう描き方をしてあるんだと思う。最後の最後で主人公の感情が揺さぶられることによって、わずかに人間の温度みたいなものを感じ、ほっとする気持ちも抱くけれど、やはり戦争であまりに多くの犠牲があったことを顧みればやはり虚しい。

 そういう意味でよく作られた映画なのだと思う。カンヌ国際映画祭グランプリ。

 主人公の朴訥な感じが良かった。

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ノー・マンズ・ランド [DVD]

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「さらば、わが愛 覇王別姫」

 1920年代から日中戦争を経て文化大革命後に至るまで、中国の伝統芸能・京劇の担い手が徐々に社会の激動に巻き込まれていく姿を描く。

 まず冒頭から映像の美しさが際立っている。アリーナにスポットライトが当たるさま、京劇の舞台や衣裳、化粧はもちろん、金魚鉢とか、炎の向こうに映る顔とか、ひとつひとつのシーンだけで作品が成立しそうなくらい美しい。

 ストーリーも、そのまま歌劇か何かになりそうなほどドラマティック。特に盧溝橋事件の前夜などは、レ・ミゼラブルにも通じるようなダイナミックな展開にのめり込んだ。

 変動する社会情勢に引きずられるように、3人の関係性や、それぞれが抱く京劇への姿勢が徐々に変化していくのも見ごたえがあった。「さらば、わが愛」は邦題だけど、ありふれた言葉ながらこの物語の本質をうまく突いている。その主体が必ずしも蝶衣だけを指すのではないことは、はっきりと分かる。

 最終盤、共産党員から自己批判を迫られた末の展開と役者の演技を観て、「こういう映画は日本では作られないよなあ」とついため息が出た。「ラストエンペラー」といい、中国では日中戦争を単純な反戦のメッセージとせず、その後の中国が怒涛のごとく変化し市民から皇帝までひとり残らず丸裸にしてしまう過程をしっかりと描く映画がたまに生まれ、それがものすごくいい作品になることがある。

 素晴らしい大河ドラマだった。気軽な気持ちでは「また観よう」とは思えないけど、文句なしに素晴らしいといえる映画の1本だと思った。

さらば、わが愛 覇王別姫 [DVD]

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「PK」

 マーティン・スコセッシ監督の「沈黙 ―サイレンス―」を「陰」とするなら、この映画は「陽」。宗教とは何か、信仰とは何かを明るく問いかける。宗教学の入門編にいい映画だと思う。

 面白いのは、PKが神の存在を信じているところ。信じているからこそ、あらゆる宗教を通じてどうにか神にアクセスしようとする。なりふり構わず無我夢中に神を追いかけていく姿は、他の誰よりも信心深く映る。皮肉が効いている。

 チャレンジングな映画だと思う。日本のように宗教がそこまで重要でない地域ではこの映画が生まれる土壌がないし、かといって信心深い国であればあるほど作りにくい映画だ。隣国のパキスタンとの関係性を映画の大事な要素の一つとして描いている点も、生半可じゃできないだろう。僕らがこの映画を観るのと同じような気持ちで、インドの人たちは観れたのだろうか。

 「きっと、うまくいく」のラージクマール・ヒラニ監督とアミール・カーンが再びタッグを組んだ映画と聞いていたから、長く楽しみにしていてようやく観ることができた。「きっと、うまくいく」ほどの興奮と感動は味わえなかったものの、面白い映画だった。

 あとインド映画の割に踊るシーンは少なかった。もうちょっと踊ってもらっていい。

PK ピーケイ [DVD]

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きっと、うまくいく [DVD]

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「出会いなおし」

 この1作前の「みかづき」で本屋大賞2位となった森絵都の短編集。6編が収められているが、いずれもタイトルの通り「出会いなおし」が物語の重要なファクターとなっている。

 表題作の「出会いなおし」に始まり、「カブと塩昆布のサラダ」までは、森絵都らしい日常の妙味を切り取った作品だった。「カブと塩昆布のサラダ」は1ページ分丸ごと使うほどのカブ料理の羅列もあって、それはさすがに森絵都としては新しい手法だと思ったけれど、全体に通じる軽妙さはやはりいつもの森絵都だった。

 お、と思ったのは「ママ」から。状況を明確に説明せず、ただし物語への吸引力は強く、という書き出しにうならされた。その後「むすびめ」で森絵都らしい爽やかさを取り戻して、驚かされたのは最後の2編。「テールライト」と「青空」。

 

 「テールライト」は、舞台や時代、主人公の設定がそれぞれ異なる4つの掌編からなり、その全てが主人公の切なる祈りのシーンで幕を閉じる構成になっている。4本の関連はそれだけで、一読した限り、隠された設定で4本がつながっているということもないように思う。

 中でもハッとさせられるのが、2本目と4本目。2本目は闘牛の視点に、4本目はある施設の技術者という視点で描かれている。まず2本目は動物の視点というところが森絵都としては斬新だった。4本目は、物語を読み進めるうちに不穏な空気が漂い始め、それとともに主人公がどういう施設で働いているのか、また物語の舞台がいつの、どこなのかが、だんだんと明らかになっていく。明示されはしないけれど、ピンと来る。その終わり方は凄絶という言葉がしっくりくる。

 

 そして「青空」。爽やかなタイトが似つかわしくないほど、こちらもショッキングな作品。物語の軸を作っているのは、高速道路でのわずか数秒の出来事。主人公の絶妙な語り口で、読者を飽きさせず、また呆れさせもせずに物語に付いてこさせる。そして主人公と同じような緊張感を与え、主人公と同じように、命以上の何かまで救われた気持ちにさせる。そうした高い技術が詰まった1作だと思う。

 

 森絵都の短編でこれほど強い読後感を残すものって、これまであっただろうか。他の短編も読み返してみようかと思った。

出会いなおし

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「ヴィットリオ広場のオーケストラ」

 ノンフィクションかと思って借りたらドキュメンタリーだった。

 イタリア・ローマで暮らす移民の音楽家たちを集めて楽団を組み、閉鎖の危機にあったアポロ座で公演するまで、2001年から2002年までを追った作品。

 楽団員集めに映画のほとんどの時間を割いている。実際に楽団員確保こそが最も多くの、というかほとんどの時間を費やしたからそうした構成にならざるをえないのだろうけど、映画としてはやや間延びする印象は否めない。それよりも、公演の様子やエンディングで流れた曲の演奏を見たかった。

 ドキュメンタリーという手法により、ノンフィクションよりも描かれ方は淡々としている。ただ、だからこそリアルなドラマ性を感じさせるという面白さはあった。映像の粗さや音響の残念なところはまあ仕方ないんだろう。

  移民法って2001年の秋には改定済みだったんだろうか。この楽団の活躍が、移民に対するローマ市民の感情にどんな変化をもたらしたのか、あるいはその力まではなかったのか、気になるところではある。

ヴィットリオ広場のオーケストラ [DVD]

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「7月4日に生まれて」

 ベトナム戦争の帰還兵が、下半身まひとなった体や過酷な戦争体験、信じていた祖国や周りの人々から裏切られた失望感から、激しく苦悩しながら生きる道を探る話。良い映画だと思う。 

 

 というのは表面的なストーリーにすぎなくて、もうちょっと俯瞰的に見ると、戦争体験が人々をいかに分断していくかという過程を描いた映画だと言える。「戦場を体験した者」と「戦場を体験していない者」の分断はもちろん、「戦場を体験した者」と「戦場を体験した者を抱える家族」の間にも、それぞれ違った種類の苦しみが分断を生む。さらには同じ戦場体験者同士でさえ、「自分の経験は誰よりも酷いものだった」「お前が経験したのは本物の戦場じゃない」といった強固な被害者感情が、体験や苦しみの共有を阻んでしまう。そうしてどんどん孤立が深まっていく。

 孤立した主人公の苦しみがようやく理解されるのは、戦場で誤って銃口を向けてしまった仲間の家族に会いに行った時。自暴自棄になるでもなく、全てを神や国家のせいにするのでもなく、静かに自分の過ちと向き合うことで、他人の理解を得ることができた。帰還兵に限らず、さまざまな要因で心に傷を負った人同士でこうして静かに体験を話し合うことで回復していくプログラムは、いまでこそよく知られるようになったけれど、当時はそうした仕組みがなかったのかな。

 また、分断を味わった人々が「なぜ私たちはこんなことになったのか」と考えたとき、行きつく先は「戦争こそが元凶だ」という答えになる。反戦デモに身を投じている人たちはそれぞれ、友人とか家族とか、あるいは自分自身が戦場に身を置いたことでさまざまな分断を味わった体験があり、戦争を憎むようになったのだろう。実際にそうだったかは別として、そう思わせる描き方をしていて、説得力があった。

 

 それにしてもオリバー・ストーンは、戦争を経験して風貌が激変してしまった人の描き方がうまい。プラトーンもすさまじかった。

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